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吹奏楽にかける日々(第6回)|「愛のリレー」で繋いだ音色…楽器不足を乗り越えた団結

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吹奏楽部の生徒がサックスを喜んで受け取る1980年代の学校風景
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吹奏楽部にとって、楽器は命そのものです。

しかし、私が北中学校で吹奏楽部を発足させた創部当時は、圧倒的な楽器不足に悩まされていました。演奏できる生徒がいても、楽器がなければ何一つ音を奏でることはできません。

やりたいと思って入部してきても、練習すらままならないのが現実でした。

今回は、一本のサックスを求めて夜通し走った「愛のリレー」や、地域を巻き込んだ楽器探しの物語を振り返りながら、物のない不自由さが教えてくれた大切なことについてお話ししたいと思います。

目次

自分の貯金を下ろしてでも…「音」を届けたかった日々

地域紙の譲りますコーナーで楽器情報を見つけ職員室へ走る生徒と先生 1980年代
地域紙の「譲ります」欄を頼りに、自身の貯金で中古楽器を購入した日々
サトルくん(当時の教え子)
「先生、地域紙に『譲ります』って載ってました!」と生徒が切り抜きを持って走ってくる。あの頃の熱気は今でも忘れられません。

吹奏楽を始めた一、二年目は、とにかく楽器がありませんでした。

五十人編成の標準的なバンドの場合、必要な楽器をすべて揃えると、購入費は一番安いものでも五百万円から六百万円にのぼります。

公費で揃えるには限界があり、新年度予算で希望を出しても、実際に発注できるのは七月に入ってからということも珍しくありませんでした。

そこで頼りになったのが、地域紙の告知板欄です。毎週、生徒たちも目を皿のようにして「譲ります」のコーナーをチェックしていました。

目ぼしい中古品があると、私は必ず自分の貯金を下ろして買い込みました。先生が自腹を切るなんて、と驚かれるかもしれませんが、当時は「今、目の前の生徒に吹かせてあげたい」という一心だったのです。

「先生、載ってたよ」と切り抜きを持って走ってくる生徒たちの姿に、「ヨシ」とばかりに職員室から電話をかける。そんなチームワークの良さが、私たちの活動を支えていました。

大津から生駒へ。夜通し繋いだ「愛のリレー」

大津市から生駒市まで夜中に楽器をリレーで届けた愛のリレーの地図イラスト
奈良まつり前日、大津から生駒へ。夜通し繋いだ「愛のリレー」

「奈良まつり」への出演を明日に控えた夏のことです。

新学期の部員増で、一年生部員のA子のテナーサックスが一本足りないという事態が発生しました。方々へ電話で頼んだものの、ちょうど八月のコンクール前とあって、どこも都合がつきません。

必死で楽器探しをしていたA子は、友だちのB子の親戚に使っていないテナーサックスがあることを聞きつけました。

なんと、B子のお父さんが大津の先方まで取りに行ってくれるというのです。向こうの方も途中まで車で運んでくれて、まさに「愛のリレー」でした。

夜中に楽器が届き、それから夜通し練習したA子は、しっかりと曲を覚え、次の日の本番には奈良市内のパレードで立派に演奏を果たすことができました。

「借りに行く姿」を生徒に見せる理由

音楽の先生と生徒が他校の門で頭を下げて楽器を借りる場面のイラスト
借りに行く姿を生徒に見せることで、感謝の心を育てた

どうしても不足しているパートからは、本番が近づくとパートリーダーが私のところへ陳情にやってきます。

「先生、うちのパートは五人で楽器は三つ。美紀と里子に楽器がないんです。文化祭にどうしましょう。なんとか出してやりたいんですが…」

私に「ムリだからあきらめろ」と言わせないように、彼らはしっかりと練習してから来るのですから、私も必死にならざるを得ません。

他校へ借用を申し入れ、快く貸していただけることになると、私はあえて楽器を使う生徒たちを車に乗せて、一緒に借りに行きました

私が借りてきて「はい、どうぞ」と渡すのではなく、貸してくれる人の顔、その想いを直接感じることで、「大切に使う」という心、そして感謝の念を学んでほしかったからです。

一緒に頭を下げる中で、生徒たちは人としての大切なことをわかってくれたのではないかと思います。

物のない「不自由」が教えてくれたもの

一本のサックスを三人の生徒が交代で使い練習する1980年代の学校廊下
一本の楽器を交代で使う「譲り合い」が、物を大切にする心を育てた
ミキさん(当時の教え子)
楽器が足りないからこそ、一本のサックスを触れる時間が本当に愛おしかった。あの大切にする気持ち、今の子供たちにも伝えたいな。

お金さえ出せば欲しい物は何でも手に入る現代、子供たちは物のない悔しさを感じずに育っているためか、物を大切にしない傾向があるように感じます。

しかし、部の活動の中で楽器不足という大問題にぶつかると、友達同士でうまく譲り合い、一つの楽器を共有して練習するようになります。

「みんなが応援してくれているのだから、学校行事で精一杯演奏して、お返しをしなければ」という私の言葉に、大きく頷く子どもたち。

いろいろな初期の苦難を乗り越え、一歩一歩、部員たちが団結を強めていく中で、楽器を借りに走ったり自費で工面したりすることも、次第に楽しい思い出となっていきました。

物が溢れる現代では失われがちな、物を慈しみ、仲間と協力する精神が、皮肉にも「楽器不足」という苦難の中で育まれていったのです。

【教育者・加藤の視点:不自由の中で育つ「感謝」の心】

教育の場に「不自由」があることは、必ずしもマイナスではありません。

どうすれば解決できるか知恵を出し、周りの助けに感謝する。

そのプロセスこそが、高度な音楽技術よりも先に、子供たちの人格を形成する大きな力になったのです。

▶ 次回は、進学と部活動の両立という深刻な問題に向き合った日々をお届けします。

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編集後記
本日は最後までお読みいただき、ありがとうございました。
元校長として、また一人の実業家として、日々の気づきや心に留まった出来事をこの「82歳の羅針盤」に綴っています。
私のささやかな発信が、皆様の人生という航海において、少しでもお役に立てれば幸いです。 「この記事が参考になった!」という方は、ぜひ下記のブログ村ボタンをポチッと押して応援いただけると励みになります!
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アコーディオンと共に

筆者:加藤 凌について
36年の教員生活を経て、58歳から起業。現在は「蒼き航海・・82歳の羅針盤」編集長として、人生の知恵とトレンドを融合させた情報を発信中。
私のモットー: 「生涯現役、好奇心は羅針盤」
最近の関心事: AI活用とアコーディオン演奏
➡ 82歳の挑戦。プロフィールと「蒼き航海」への想いはこちら

【82歳、現役。電波で世界と繋がっています】
流行の話題を追う傍ら、私の本当の情熱は「アマチュア無線」にあります。昭和から令和まで、目に見えない電波で語り合ってきた記録もぜひ。
CQ~JA3CGZ アマチュア無線ブログ
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