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無我夢中だった3年間と、突然訪れる「引退」の寂しさ【吹奏楽にかける日々・第1部⑯】

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1983年夏、吹奏楽部の練習風景。三年生には夏をすぎると思い出のシーンとなる。
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「三年間は短いなあ、と今思います。一年生で入学してから、あっという間にもう卒業になってしまいました。」

三年生の真貴子さんが文集に寄せたこの言葉は、部活動に青春を捧げたすべての子どもたちの思いを代弁しているかのようです。入学してはじめて楽器を手にした日から、吹奏楽とともに燃えた日々。しかし、三年生の夏のコンクールを最後に、彼らには「引退」という現実が待っています。

明日からもう楽器を吹けない。その寂しさと、春まで続く受験勉強という暗闇の中で、子どもたちはどのように自分の心と向き合い、成長していったのでしょうか。今回は、そんな三年生の引退と、技術を超えた「心のハーモニー」について振り返ります。

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目次

コンクール終了、そして訪れた「クリープを入れないコーヒー」のような日々

夏のコンクールが終わってしばらくすると、もう毎日がうずうずして、楽器が吹きたくてたまらない子どもたちが音楽室へかけこんできます。「先生、楽器を吹いてもいいでしょうか」と尋ねる彼らに、「あー、もちろん、いつでも、どんどんやってきて吹くといいよ」と答えることにしています。

しかし、案外三年生たちはまわりの目を気にしているものです。「もう引退したのに何をしているんや」と後輩に思われないか、「あいつ勉強もせんと」と同級生に思われないか。だからこそ、二学期に入ってから行われる体育祭や文化祭への出席も、全員が出ることはありません。出たいと思っても、家で許可をもらえなかったという部員も多いのです。

ミキさん(当時の教え子)
引退してから、なんだか心にぽっかり穴が空いたみたいで、毎日が寂しくてたまりませんでした。楽器に触れる日を、指折り数えて待っていました。

美貴さんがこう語るように、受験勉強という重圧の中で、週一回のクラブ活動が彼らにとってどれほど大きな救いだったことか。日頃、「部活動なんてやめて早く家に帰りなさい」とうるさく言う親も、文句の言えない日だからこそ、その時間は特別な輝きを放っていたのです。

【心のハーモニー】「先生の足を引っ張ったらあかん」イタズラっ子の成長と絆

わずか二年ちょっと前、入学してきてはじめて楽器を持ち、「奈良まつり」そしてコンクール、体育祭、文化祭と、無我夢中で駆け抜けてきた彼ら。その中には、野球部から転部してきた俊岳君もいました。

「きたわけは、ちょっと自分の苦手な音楽に挑戦してみようと考えたからです」と語る彼は、最初は楽器の“ド”の音もわからない状態でした。しかし、ユーホニウムを相棒に少しずつ成長し、「ぼくにとっては、進歩というところに大きなマルがついたような気がしました」と誇らしげに語るまでになりました。


サトルくん(当時の教え子)
最初は叱ると「部をやめる!」って帰っちゃうこともあったけど、学校の分離で先生が異動になった時、誰よりも心配してくれたんだよね。

そう、彼はなかなかのイタズラ者でした。しかし、学校の分離で生駒北中から上中へ転校したとき、同じように私も上中へ異動になったことを一番喜んでくれたのは彼でした。私の体が不調だと、「先生に心配をかけたり、足をひっぱったらあかん」と、人一倍心配して周りの部員たちに声をかけてくれたのです。

しんどいことも、わずらわしいことも多いけれど、やはり吹奏楽部を指導していてよかったと改めて思った瞬間でした。音楽を演奏するということだけでなく、人間同士としても見事なハーモニーをつくりだしてくれる子どもたち。それはまさに「生きた教育」そのものでした。

受験期の「サードプレイス」となった、週に一度の音楽室

引退後の吹奏楽部員の心のタイムライン(受験の重圧から、週1回の音楽室というオアシス、そして生涯の絆であるスプリングコンサートへ繋がる図解)

ただの引退で終わらせない。受験期のオアシス(週1回のクラブ)を経て、生涯の絆「スプリングコンサート」へと繋がる心のタイムライン。

引退した後の約7カ月間は、子どもたちにとって受験勉強一色の「暗闇」のような日々です。毎日通っていた音楽室に行けなくなり、家庭と教室の往復だけになる。そんな張り詰めた毎日のなかで、週に一度だけ訪れる「クラブ活動の日(月曜日)」は、彼らにとって単なる部活以上の意味を持っていました。

親にも文句を言われないその時間は、張り詰めた受験期における大切な「心の安全基地(サードプレイス)」だったのです。

仲間と集まり、少しだけ楽器を触り、またそれぞれの受験勉強という戦場へと戻っていく。この中学時代の最後の半年間、細く長く繋がっていた音楽室での時間が、結果として子どもたちの心をどれほど救い、豊かなものにしたかは計り知れません。音楽を通じて得た絆が、過酷な現実を乗り越えるための「生きる力」へと変わっていくのを、私は確かに感じていました。

【教育者・加藤の視点:卒業しても終わらない「スプリングコンサート」の原点】

  • この3年間、無我夢中で一つの音を創り上げた子どもたちとの絆は、卒業によって切れるものではない。
  • 「先生のおかげでほんとうに楽しい三年間やった。先生、ありがとう!」という彼らの言葉が、すべての活動の原動力である。
  • だからこそ、せめて年に一度、卒業後も音楽をともにしたいと願い、OBも交えたスプリングコンサートの開催を思い立ったのである。

がむしゃらに打ち込める青春の尊さは、大人になっても決して色褪せることはありません。引退という一つの大きな節目を越え、受験という新たな壁に立ち向かう子どもたち。彼らが音楽を通じて育んだ「心のハーモニー」は、これからの人生においても、きっと彼らを支える力となるはずです。


次回予告
第17回「最終章:あの日の子どもたちへ。30年後の指揮者からの手紙」
※公開準備中

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サイト運営者からのメッセージ
加藤 凌

この記事を書いたのは…教職歴36年・82歳の元校長です

日々の最新トレンドから、82年の人生経験と知見を詰め込んだ「人生航海のログブック」まで、独自の視点で毎日発信しています。かつての教え子の皆様や、同世代の方々とここで再び繋がれることを楽しみにしています。

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アマチュア無線 ja3cgz

82歳、現役。目に見えない電波で世界と繋がっています

流行の話題を追う傍ら、私の本当の情熱は「アマチュア無線」にあります。昭和から令和まで、世界中の仲間と語り合ってきた軌跡と、男のロマンが詰まった無線室(シャック)へぜひ遊びに来てください。

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