1983年、とある公立中学校で、生徒たちの手によって学校祭のテーマ曲が作られました。作曲から編曲、そして練習まで、全てを生徒自身が手掛けたという、まさに「奇跡」と呼ぶべき教育実践です。
現代の教育現場では想像しがたいこの挑戦は、一体どのようにして実現したのでしょうか。そこには、生徒たちの無限の可能性を信じ、惜しみない支援を続けた教職員たちの「絆」がありました。今回は、昭和の時代に花開いた、感動的な物語を紐解いていきます。
1983年の挑戦、中学校のレベルを超えた「手作りのテーマ曲」

自分たちでテーマ曲を作ろう!
「自分たちでテーマ曲を作ろう」――。そんな生徒たちの声から、学校祭のテーマ曲づくりは始まりました。まず、多くの生徒から健康で向上心あふれる歌詞が寄せられ、その中から数点が選ばれます。
次に作曲の募集が行われ、三年生の井石郁乃さん作詞作曲による「現在(いま)をはばたけ」が、全校で歌うにふさわしい愛唱歌として選ばれました。
ミキさん(当時の教え子)井石さんは、作詞作曲が好きだったものの、締め切り前日までなかなか筆が進まなかったと言います。それでも、自分の作品が選ばれた時の喜びはひとしおだったようです。
給食の時間に放送されたり、音楽の時間に歌われているのを耳にすると、恥ずかしさや不安を感じつつも、嬉しい気持ちに変わりはなかったと語っています。
吹奏楽部が挑んだ、前代未聞の「生徒による全パート編曲」

吹奏楽部が挑んだ、前代未聞の『生徒による全パート編曲』」
作詞作曲が生徒自身の手によるものならば、吹奏楽の伴奏の編曲も生徒の手で――。顧問の先生の呼びかけに、部長の荒さんとドラムス担当の朋子さんが名乗りを上げました。しかし、メロディーとピアノ伴奏しかない曲を、吹奏楽の十数個のパートに分ける作業は想像以上に困難を極めます。
サトルくん(当時の教え子)特に、楽器によって調が異なるため、和音を合わせる作業は非常に高度でした。最初は退屈に感じた作業も、慣れてくると「フルートにこんなメロディーを吹かせたらどうかな?」と、自分たちのアイデアを盛り込む楽しさを見出していきます。そして、すべての楽器のパートを書き込んだ「総譜(スコア)」作り、パート譜づくりが始まりました。
- ドラムメジャー:吹奏楽部やマーチングバンドで、演奏や指揮を統括する生徒のリーダー。
- 総譜(スコア):すべての楽器の楽譜が1枚にまとまった、指揮者が使う大きな楽譜。
- 和声(ハーモニー):複数の音が重なり合って生まれる、美しい響きのこと。
徹夜でスコアを書き、何度も演奏を試みる中で、生徒たちは葛藤を経験します。しかし、自分たちで編曲した曲が形になり、音が出合った瞬間の「心に広がる充実感」は、何物にも代えがたい喜びだったと朋子さんは語っています。
「作曲家の人たちはみんないつもこんな気持ちなんだろうか。こんな経験はこれから先、あるかどうかわからない。大切にしたいと思います。」彼女の言葉からは、この経験が生徒たちの心に深く刻まれたことが伝わってきます。
【教職員の後ろ盾】なぜ、この「不可能な挑戦」が実現できたのか

先生たちの温かい目と、のびのびと演奏する生徒たち。「信じて任せる教育」を象徴する優しいイラスト。
生徒たちによるテーマ曲の作詞作曲、そして全パート編曲という実践は、中学校のレベルを遥かに超える高度な挑戦でした。一歩間違えれば、生徒たちは挫折し、自信を失ってしまう可能性も十分にありました。しかし、この「不可能な挑戦」は、見事に成功を収めます。その背景には、生徒たちの可能性を信じ、全面的に理解し協力する教職員たちの強力な「後ろ盾」があったからに他なりません。
ミキさん(当時の教え子)教職員一同が「生徒の可能性を信じ、全面的に理解し協力する」という姿勢を貫いたことで、生徒たちは安心して最後まで走り抜けることができました。教育において「信じて任せること」の大切さを、この実践は私たちに教えてくれます。生徒たちが自らの手で何かを成し遂げる喜びを知り、その過程で得られる成長は、教職員の温かいサポートなしにはありえませんでした。
サトルくん(当時の教え子)【教育者・加藤の視点:生徒たちの「作る喜び」と「自己肯定感」を育む教育】
- 自分たちで作り、自分たちで演奏する「言葉的・音楽的経験」は、生徒たちの人生に計り知れない「作る喜び」と「自己肯定感」をもたらします。
- この経験は、単なる音楽の技術習得に留まらず、困難に立ち向かい、仲間と協力し、一つのものを創り上げる過程で得られる貴重な学びです。
- 教職員が「信じて任せる」ことで、生徒たちは自らの可能性を最大限に引き出し、未来を切り開く力を育むことができるのです。
生徒たちが自分で作り、自分で編曲し、自分たちで練習し演奏できることを知り、その中で大きな喜びを感じてくれたことでしょう。学校祭の開会式で、全校生徒の歌声と吹奏楽の伴奏でこの曲が合唱される時、彼らは何倍もの感動を味わうに違いありません。
このような「言葉的経験」を通して、生徒たちが音楽の喜びを多く味わい、豊かな人生を歩んでくれることを願っています。


