夏の吹奏楽コンクール、そして秋の体育祭。
大きな行事を越えた学校に、もう一つの熱い季節がやってきます。
それが、秋の風物詩である校内合唱コンクールです。
体育館の舞台に並んだ、1年生約200人。
指揮者の手が上がった瞬間、館内いっぱいにヘンデルの『ハレルヤ』が響き渡ります。
その歌声を下から支えるのは、吹奏楽部の伴奏でした。
今回は、1983年9月27日にサンケイ新聞へ掲載された連載第13回「校内に流れる歌声」をもとに、全校を巻き込んで広がっていった合唱の物語を振り返ります。
「歌は苦手」から始まった挑戦。音楽が教えてくれた生きる歓び

音楽の授業で子どもたちを見ていると、器楽には強い関心を示しても、歌うことには少し抵抗を見せる生徒が少なくありませんでした。
聴くことは好き。楽器を鳴らすことも好き。
けれど、自分の声を出して歌うとなると、急に照れや戸惑いが出てくるのです。
それでも私は、合唱の力を信じていました。
声を合わせる喜びは、いったん体験すれば、子どもたちの心に必ず届く。
そう確信していたからです。
ミキさん(当時の教え子)実は、私自身も若い頃から歌が得意だったわけではありません。
中学、高校時代の私は、むしろ歌うことに苦手意識を持っていました。
ところが大学時代、あるきっかけで合唱団に入り、声を合わせる世界に触れました。
そこから、音楽に対する見方が大きく変わっていったのです。
やがてベートーベンの『第九』合唱団で指揮を執る機会にも恵まれました。
音楽を通して、自分の生きがいを見つけ、まっすぐに生きる力をもらった。
だからこそ、子どもたちにも合唱の魅力を伝えたい。
その思いは、私の教育実践の根っこにありました。
朝夕の10分が生み出す奇跡。校内に響き渡る子どもたちの歌声
合唱コンクールでは、課題曲と自由曲が用意されました。
課題曲には、ヘンデルの『ハレルヤ』やスメタナの『モルダウ』のような名曲が並びます。
一方で自由曲には、子どもたちの個性がそのまま表れました。
フォークソングを選ぶクラスもあれば、テレビアニメのテーマ曲を選ぶクラスもあります。
なかには、手拍子やステップを交えながら、自分たちらしい舞台をつくろうとするクラスもありました。
合唱は、ただ正しく歌うだけのものではありません。
仲間と相談し、曲を選び、表現を工夫しながら、クラスの色を見つけていく活動でもありました。
サトルくん(当時の教え子)本番が近づくと、学校の空気は少しずつ変わっていきます。
朝の会の10分。
帰りの会の15分。
そのわずかな時間に、クラスの指揮者が前に立ち、鍵盤ハーモニカの伴奏で練習が始まります。
最初は、音程もリズムもそろいません。
声も小さく、どこか遊び半分の雰囲気が残っていました。
けれど、毎日の積み重ねは確実に子どもたちを変えていきます。
音楽室のピアノは、休み時間になると争奪戦のようになりました。
教室から、廊下から、校庭のあちこちから歌声が聞こえてきます。
自習時間さえ、いつの間にか音楽の時間へ引き込まれていく。
学校全体が、合唱コンクールへ向かって動き始めていました。
わずか数分間にすべてを燃焼させる。全員が対等に輝く合唱の意義
ある女子生徒は、練習を振り返ってこんな思いを語ってくれました。
はじめの頃は、バラバラで、ボソボソで、遊び半分だった。
でも、だんだん一つにまとまってきた。
みんなと声を合わせて歌えることが、今はうれしくて楽しい。
この言葉の中に、合唱コンクールの本質が詰まっています。
体育祭にも、文化祭にも、それぞれの良さがあります。
しかし合唱には、また違った特別な力があります。
上手な子だけが目立つのではありません。
運動が得意な子だけが活躍するのでもありません。
全員が同じ舞台に立ち、同じ曲に向かい、同じ時間の中で声を出す。
わずか数分間に、クラス全員が対等に力を出し合う。
その凝縮された時間こそ、合唱が持つ教育的な価値でした。
ミキさん(当時の教え子)そして本番。
体育館に響いた『ハレルヤ』は、単なる発表ではありませんでした。
短い練習時間を重ね、迷いながらも声を出し続けた子どもたちの歩みそのものでした。
吹奏楽部の伴奏も、その舞台を静かに支えます。
歌声と楽器が一つになった瞬間、音楽は教室の中だけに閉じたものではなく、学校全体の記憶へと変わっていったのです。
【教育者・加藤の視点:合唱コンクールが学校にもたらすもの】
合唱コンクールの練習が始まると、音楽の授業時間の大半がその練習に割かれることになります。
器楽や鑑賞など、後から遅れを取り戻さなければならないカリキュラムもあり、教員側のやりくりも簡単ではありません。
それでも私が、この行事には計り知れないほど深い意義があると考え、力を注いできたのには理由があります。
- 一人ひとりの歌唱力や音楽性が目に見えて伸びる環境
- クラス全員でひとつの声を合わせて作り上げる喜びの体得
- 教室からいつでも力強い歌声が響いてくるような、活気ある学校の伝統づくり
これらは、教科書をただ眺めているだけでは決して得られない、子どもたちの心を育てる「生きた教育」そのものです。
同じ目的を持って活動する吹奏楽部も、この時ばかりは影の主役となり、みんなで歌う声を下から力強く支える、頼もしいシンフォニーとなって活躍してくれました。
学校という温かい環境の中でこの感動を味わった子どもたちが、大人になってからも社会人合唱団や地域の『第九』に市民として自然と参加していく。
そんな、「音楽がすぐそばにある人生」を歩んでくれたら、これほど嬉しいことはありません。
そんなささやかで熱い願いを胸に抱きながら、私たちは毎年、心地よい秋の訪れとともに合唱コンクールへの最初の一歩を踏み出していたのです。
次回予告
次回も、新聞連載「吹奏楽にかける日々」に残された記録をもとに、音楽を通じて子どもたちが成長していく姿をたどっていきます。
連載全体の目次は、以下のアーカイブページからご覧いただけます。


