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卒業しても音楽は終わらない…スプリングコンサートから市民バンドへの夢【吹奏楽にかける日々・第1部⑰】

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スプリングコンサートで合同演奏する三校の吹奏楽部OBたち(水彩イラスト)
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加藤(船長)
「最後の指揮棒が下りると、満員の会場から割れんばかりの拍手がわき起こる――」

生駒市中央公民館大ホールを包み込んだ、地鳴りのような拍手と歓声。
曲目はシベリウス作曲の交響詩『フィンランディア』。

1983(昭和58)年、あの日に響いた壮大なメロディーは、今も私の耳の奥に鮮やかに残っています。

舞台は「スプリングコンサート」の第三部、合同演奏のフィナーレ。
ステージを埋め尽くす子どもたちの姿を見つめながら、私は万感の思いに浸っていました。

17回にわたり、新聞紙面やこのブログで綴ってきた「吹奏楽にかける日々」。
今回はその堂々の最終章として、あの熱かった3年間の青春が、卒業という枠を超えて「一生の絆」、そして「街全体の未来の夢」へと繋がっていく奇跡の物語をお届けします。

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目次

1000の客席が満員に!三つの兄弟校のOBが集う「奇跡のステージ」

超満員の生駒市中央公民館大ホールと三校合同演奏のステージ

約1000席の客席を埋め尽くした、三校合同フィナーレの熱気

▽ 生駒北中を母校とする、三つの兄弟校の合同演奏

ステージの上に並んでいるのは、生駒北中学校、上中学校、そして鹿ノ台中学校の三つの学校の吹奏楽部員たちです。

私の吹奏楽指導の原点である生駒北中学校が分離独立し、そこから上中学校、そして鹿ノ台中学校が生まれました。いわば、固い絆で結ばれた「兄弟校」です。

それぞれの学校でゼロから吹奏楽部を立ち上げ、がむしゃらに楽器を追いかけてきた子どもたち。彼らが卒業していくとき、いつも私の胸に去来する切ない思いがありました。

「クラブで演奏をともにした部員たちが、卒業後もせめて年に一度、いっしょに演奏を楽しめる場所を作ってあげられないだろうか」

▽ 指揮者への花束と、1000人の地鳴りのような大歓声

その強い願いが、当時の校長先生方や音楽芸術協会の先生方のご理解と温かいお力添えによって実を結んだのが、この『スプリングコンサート』でした。

一昨年から始まったこの試みは回を重ねるごとに熱を帯び、この日も約1000席ある中央公民館の大ホールは、開演前からぎっしりと満員の熱気で埋め尽くされていました。

現役部員からOBたちへ花束が贈られると、会場は再び大きなどよめきに包まれます。

▽ 仕事をやりくりして駆けつけた、父親たちの照れくさそうな笑顔

客席から我が子を温かく見守る父親と家族の笑顔

我が子の晴れ舞台を少し照れくさそうに見守る父親たちの姿

合同演奏以外の現役ステージでは、三つの学校がそれぞれのカラーを存分に発揮した素晴らしい演奏を披露してくれました。

彼らは卒業生といっても、学校の歴史自体がまだ浅いため、そのほとんどが現役の高校生たちです。

ミキさん(当時の教え子)
お父さん、今日は仕事を休んでまで聴きに来てくれたんだ!ちょっと照れくさいけど、頑張っている姿をステージから絶対に見せたかったんだよね。

客席を見渡せば、母親に連れられて嬉しそうに兄の姿を応援しに来た小さな弟や妹の姿、そしてこの日のために仕事をやりくりして、普段は見せない少し照れくさそうな表情で我が子を見つめる父親たちの姿もありました。

家族みんなが、子どもたちの音楽の繋がりを祝福してくれている。そんな温かい空気が、ホール全体を満たしていました。

九州からも駆けつける!学校の垣根を越えた「細く長い繋がり」

▽ 「先生の小言」まで筒抜け!?3校を繋ぐ秘密の手紙

学校の垣根を越えて手紙を書き合う吹奏楽部の子どもたち

「先生の小言」まで筒抜けだった、三校を繋ぐ秘密の手紙

スプリングコンサートの素晴らしいところは、現役生徒たちが腕によりをかけたハイレベルな演奏を聴かせてくれることだけではありません。

何よりも感動的なのは、異なる学校に通う三つの部活の子どもたちの一体感でした。まるですべて同じひとつの部活の仲間であるかのように、抜群に仲が良いことでした。

春や夏になれば合同で合宿を行い、互いに切磋琢磨する。それだけではなく、普段からも頻繁に手紙をやり取りして情報を交換し合っていました。

「今、うちの部ではこんなことがあってね」
「次のコンクールに向けて、こんな曲を練習しているよ」

それどころか、「加藤先生がまたこんな小言を言っていたよ」という細かな話まで、いつの間にか子どもたちのネットワークを通じて三校すべてに伝わってしまっているのですから、指揮者としては全く油断ができませんでした。

▽ 遠く離れても変わらない、毎年「奈良へ帰ってくる」女子生徒の情熱

しかし、その筒抜けの情報交換こそが、彼らの絆の強さの証拠でもありました。

そんな一人ひとりの思い出深い繋がりの中で育っていったOBの諸君が、一堂にステージに並ぶ姿を見るのは、本当に感無量です。

ミキさん(当時の教え子)
遠く九州に引っ越しちゃったけど、この日だけは絶対に外せないの。みんなと音を合わせると、一瞬であの頃に戻れるから。私にとって、ここが一番のホームです!

家庭の事情で九州へ転居してしまったM子という女子生徒も、遠く離れた地から、毎年このスプリングコンサートの日に合わせて、わざわざ奈良まで帰ってきてくれるほどでした。

▽ 受験の暗闇を吹き飛ばす、日曜夜の「音楽室という名のオアシス」

 

夜の中学校の音楽室に集まり笑顔で楽器を練習するOBたち

受験の重圧を忘れ、一瞬であの頃に戻れる日曜夜の音楽室

コンサートに向けた合同練習は、まだ寒さの厳しい12月や1月から始まります。

日曜日や平日の夜、それぞれが通う高校の部活や、大学受験の勉強という大きな重圧を抱えながら、時間を工面して中学校の音楽室に集まってくるのです。

いざ音楽室に集まって楽器を構え、一つの音を鳴らした瞬間、彼らの表情からは受験生としての暗闇が消え去りました。

いつの間にか、あのがむしゃらだった数年前のあの日に、一瞬でタイムスリップして戻っていく――。
そんな心地よい一体感に包まれる音楽室の時間は、彼らにとって何物にも代えがたい心のオアシスだったに違いありません。

「先生、あれいつできるの?」教え子が覚えていた指揮者の“夢”

▽ 「あれって何や?」音楽室へ突如やってきた剣道部の教え子

 

音楽室を訪れて先生に市民バンドの夢を尋ねる剣道部の生徒

「先生、あれいつできるの?」夢を覚えていた剣道部の教え子

そんなある日のことです。卒業生の一人の男子生徒が、ふらりと中学校の音楽室にやってきました。

そして私の顔を見るなり、前置きもなしにいきなりこう切り出したのです。

サトルくん(当時の教え子)
先生、あれ、いつできるの?先生が前から言っていた、あの『市民吹奏楽団』は、いつになったらできるのですか。僕、ずっと待っているんです。

あまりにも突然の質問に、私は何のことだかさっぱり分からず、ポカンとしてしまいました。

▽ 相棒のクラリネットが忘れられない高校生活の裏で

スコアの上に置かれたクラリネットと指揮棒(最高のハーモニーをありがとう)

17回にわたる連載の結びに。最高のハーモニーをありがとう。

その言葉を聞いた瞬間、私の胸は激しく震えました。
彼は中学校を卒業した後、進学先の高校でも大好きな吹奏楽を続けようと考えていた生徒でした。

しかし、いざ入学してみると、その高校には吹奏楽部が存在しなかったのです。
現在は気持ちを切り替えて剣道部に入り、毎日汗を流してがんばっていました。

しかし、心の奥底では、中学時代に相棒だったクラリネットの音が忘れられず、もう一度あの吹く喜びを味わいたくて仕方がなかったのです。

▽ 何気ない一言を宝物のように抱きしめ続けた子どもたち

そこで彼が思い出したのが、かつて部活動の合間や合宿の夜に、私が子どもたちの前で何気なく漏らしていた「私のもう一つの夢」でした。

「指導者が何気なく語った夢を、子どもたちはこんなにも真っ直ぐに、そして大切に胸に抱き続けてくれていたのか――」

教育者として、これほど嬉しく、震えるような感動を覚える瞬間はありません。
私が蒔いた小さな夢の種は、私のあずかり知らぬところで、子どもたちの心の中でしっかりと根を張り、芽吹こうとしていたのです。

サトルくん(当時の教え子)
これからも音楽を趣味とする仲間の集いとして、コンサートを楽しく意義深いすばらしい会に発展させていきたいのです(OB代表・まゆみ)

当時のOB会長を務めてくれていた「まゆみさん」が文集にそう寄せてくれたように、スプリングコンサートに参加するOB会の組織は、気づけばもう100人一歩手前の、地域でも類を見ないほど大きな大きな音楽の集まりへと発展していました。

【教育者・加藤の総括:街に『第九』が響く日を夢見て】

【教育者・加藤の視点:スプリングコンサートから地域文化の未来へ】

  • 豊かな文化活動の重要性:生駒市をはじめ、それぞれの町がただ人口が増えるだけでなく、真に立派な「都市」として成熟し発展していくためには、市民が主体となる音楽や芸術などの豊かな文化活動が絶対に不可欠であるという信念。
  • 若者たちが創る未来の基盤:現在、生駒市内のすべての中学校・高校には吹奏楽部があり、その部員数は500人を超えている。毎年、その3分の1が卒業していく。この音楽を愛する若者たちこそが、これからの地域の文化を支え、創り出していく確かな基盤(ベース)となる。
  • いつかこの街に『第九』を響かせる壮大な夢:スプリングコンサートという「卒業生が集う場」が日常のものとなり、やがてそれが一つの強固な「市民バンド(市民吹奏楽団・市民オーケストラ)」へと育ってほしい。そしていつの日か、地域の市民合唱団と力を合わせ、ベートーベンの『第九(歓喜の歌)』の大合奏をこの生駒の街に響かせたい。

▽ お金も場所も必要。それでも「夢は叶う」と確信できる理由

オーケストラや吹奏楽団を地域で維持していくためには、管楽器だけでなく弦楽器も揃え、スコア(総譜)を広げて演奏できる広い練習場所が必要です。

さらに高価な楽器の購入やメンテナンス、楽譜の用意など、現実にはお金もかかれば、クリアしなければならない困難な条件もたくさんあります。

しかし、あの日音楽室で目を輝かせていた子どもたち、そして卒業してもなお「先生、市民バンドはいつできるの?」とせっつく熱いOBたちがいる限り、その夢は決して不可能なものではないと私は確信していました。

私はそんな壮大な夢の未来図を、あの満員のステージの指揮台の上で、確かに思い描いていたのです。


【連載の結びに】最高の「心のハーモニー」をありがとう

▽ 未熟な私を支えてくれた、すべての人々へ捧げる感謝

1983年10月25日のサンケイ新聞奈良版に掲載されたこの記事をもって、全17回にわたる私の新聞連載「吹奏楽にかける日々」は幕を閉じます。

振り返れば、吹奏楽を通じて子どもたちとがむしゃらに駆け抜けた日々は、私にとって一生の宝物です。

当時、未熟な私を支えてくださった保護者の皆様、地域の皆様、精度高くついてきてくれた先生方、そして何より、私の指揮に合わせて素晴らしい「心のハーモニー」を響かせてくれたすべての子どもたちに、この場を借りて心からの感謝を捧げます。

▽ 終わらない青春。それぞれの人生のステージで奏でる音色

あの吹奏楽部で過ごした3年間、そしてスプリングコンサートで繋いだ絆は、決して過去の思い出ではありません。

今もなお、それぞれの人生というステージの上で、彼らはきっと素晴らしい独自のハーモニーを奏で続けているはずです。

すべての愛すべき教え子たちへ、これからの人生への満開の祝福と、最大級の感謝を込めて。

加藤(船長)
みんな、私を指揮者にしてくれて、本当にありがとう。最高の吹奏楽の日々を、ありがとう!

(第一部 おわり)


>>連載「吹奏楽にかける日々」記事一覧・目次はこちら

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加藤 凌

この記事を書いたのは…教職歴36年・82歳の元校長です

日々の最新トレンドから、82年の人生経験と知見を詰め込んだ「人生航海のログブック」まで、独自の視点で毎日発信しています。かつての教え子の皆様や、同世代の方々とここで再び繋がれることを楽しみにしています。

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アマチュア無線 ja3cgz

82歳、現役。目に見えない電波で世界と繋がっています

流行の話題を追う傍ら、私の本当の情熱は「アマチュア無線」にあります。昭和から令和まで、世界中の仲間と語り合ってきた軌跡と、男のロマンが詰まった無線室(シャック)へぜひ遊びに来てください。

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