楽器を手に取ったばかりの部員たちに立ちはだかる『合奏』の壁。一人で吹くのとは全く違う、吹奏楽の最も難しく、そして最も美しい本質とは何か。指導者として感じた、部員たちの心と音が一つに溶け合う瞬間の記録をお届けします。
ミキさん(当時の教え子)吹奏楽は、一人ではできない


当時の部員たちに、私が繰り返し伝えていたことがあります。「吹奏楽は、一人では決して成り立たない」ということです。ピアノやギターのように、自分一人で完結する音楽ではありません。
誰か一人が自分の音だけを主張すればハーモニーは壊れ、逆に誰かが自信をなくして消極的になれば、全体がぼやけてしまいます。一人ひとりが違う楽器を持ち、違う音色を奏でる。しかし、全員で合わせると一つの大きな響きになるのです。
この「ハーモニーをつくりあげる」という経験を通じて、子どもたちは自らの存在意義と、他者と協力する大切さを学んでいきました。



練習のたびに、部員たちの表情が少しずつ、自分だけの音を探す「音楽家の顔」へと変わっていくのを感じたものです。
心を通わせる、地道な「平素の練習」


華やかなコンクールの舞台も、実はこの「地道な平素の練習」の積み重ねなしにはあり得ません。ロングトーン、スケール、タンギング……。同じ旋律を、納得がいくまで何度も何度も繰り返す。
楽器を構える指先、息を吸うタイミング、互いの音を聴く耳の澄ませ方。それら一つひとつを丁寧に合わせる作業こそが、子どもたちの心を一つに溶け合わせるプロセスでした。



部員たちには、「リーダーとメンバーがそれぞれの立場で、精一杯自分の力を発揮する」ことの大切さを説きました。指揮者が導き、各パートのリーダーが支え、一人ひとりが自分の音に責任を持つ。互いの音を聴き合い、寄り添う中で、バラバラだった音が「一つの音楽」に溶け合っていく瞬間があるのです。
一人の喜びは、みんなの喜び


「日頃の練習」の中で、彼らは成長していました。誰かが難しいパッセージを吹きこなせた時、パート全員が自分のことのように喜ぶ。逆に、うまくいかない時は、みんなでどうすれば良くなるのかを考える。
この「一人の喜びはみんなの喜び」という空気感こそが、豊かな音楽を生む土壌でした。一人では決して味わえない感動、仲間と共に作り上げるという達成感。吹奏楽を通して子どもたちが得たものは、音楽の技術以上に大きな、人生の宝物だったのではないでしょうか。



【教育者・加藤の視点:響き合う心の教育】
今振り返ると、あの地道で過酷な基礎練習の時間こそが、子どもたちの成長にとって最も豊かな土壌であったと確信しています。現代は効率や成果ばかりが求められますが、当時の私たちは「どうすればもっときれいに重なるか」を問い続け、納得しながら音を重ねる時間を何よりも大切にしていました。
指揮台から見る生徒たちの背中には、自分たちの音を何とかして一つにしようとする、ひたむきな意志が宿っていました。この「時間をかけて、共に育て合う」という体験の価値は、40年経った今も、決して揺らぐことはありません。


📰 本連載の原典について
本連載は、1983〜1984年にサンケイ新聞(奈良版)に掲載された全17回の連載記事を原典としています。当時、全国の教育関係者向け情報誌『切り抜き速報 教育版』(ニホン・ミック社)の「特別記録簿」にも収録されました。
次回予告:第3回「吹奏楽部で管楽器との出合い。部員50人の大合奏へ|吹奏楽にかける日々(3)」
(3月24日公開予定)
参考文献リスト
- 加藤浩之(編)『吹奏楽にかける日々』アーカイブ資料
- 当時の中学校吹奏楽部 活動日誌

