1983年、私が教育現場で奮闘していた頃、子どもたちに「豊かな音楽体験」をさせたいという強い願いを抱いていました。当時の日本では、学校の音楽教育において様々な楽器に触れる機会が限られていたのです。
アメリカの学校では管楽器が授業に取り入れられ、専門の指導者も配置されていると聞きましたが、日本では楽器の管理や衛生面の問題から、自由に楽器を使うことは難しい状況でした。
そんな中、私は「吹奏楽が無理ならば、弦楽合奏しかない」と考えました。バイオリンのような本格的な弦楽器も良いですが、比較的取り組みやすいマンドリンやギターに目をつけたのです。
開校一年目という恵まれたタイミングもあり、マンドリン14台、ギター15台、コントラバス2台を購入。前年の9月から1、2年生を対象に、週2時間の音楽授業のうち1時間を弦楽合奏の練習に充てることになりました。
楽器が紡ぐ生徒たちの感動
授業の始まりは、私の演奏で各楽器の音色や特徴を紹介することからでした。ビデオでマンドリンの合奏を見せることもありましたね。そして第二段階では、とにかく楽器に触れてもらうことにしました。
サトルくん(当時の教え子)最初は恐る恐る触っていた生徒たちも、みるみるうちに慣れ、一生懸命取り組むようになったのです。これまで「音楽の時間は退屈」と言っていた生徒たちが、目を輝かせて楽器を手にする姿は、私にとって何よりの喜びでした。
生徒たちが発見した弦楽器の楽しさ
上達も早く、3、4回目には音階が弾けるようになり、中には簡単な曲を演奏できるクラスも出てきました。ここで、当時の生徒たちの生の声を聞いてみましょう。
ミキさん(当時の教え子)弘子さんは「私は初めてギターを弾きました。小さいころ、一度弾いたことはあるけれど弾き方がわからず、楽しくありませんでした。でも今ちゃんと音階が弾けるし、ちょっとした曲も弾けるようになったので、とても楽しいです」と語ってくれました。
また、康代さんは「重いし指に痛い、しんどいけどおもしろい」、奈津江さんは「今までにいろんな楽器をやったけれど、ギターはやりがいがある感じがする。六本しか弦がないのにいろんな音が出るから」と、それぞれが弦楽器の楽しさを発見していました。
サトルくん(当時の教え子)彼女たちの言葉からは、弦楽器の楽しさを知った感動がひしひしと伝わってきます。1年生は週1回の練習を心待ちにし、2、3年生も着実に腕を上げていってくれました。私はマンドリンとギターの合奏だけで終わらせるつもりはありませんでした。
将来は管弦楽や打楽器を加えたマンドリン・オーケストラに発展させることを、大きな目標にしていたのです。
橿原文化会館での挑戦:全日本音楽教育研究大会の舞台裏
そして、この記事が新聞に掲載された直後、私たちにとって大きな挑戦が訪れました。奈良県で「全日本音楽教育研究大会」が開催されることになり、県内の中学校でも公開研究授業が行われることになったのです。3校のうちの1校に選ばれたのが、なんと私の担当校でした。
公開授業の大舞台と、見事に収めた大成功
公開授業の舞台となったのは、奈良県橿原の文化会館の大ステージです。そこで、まさにこの「マンドリン・ギターの授業」を全国の先生方の前で披露することになったのです。大舞台での発表を前に、生徒たちも私も、期待と緊張が入り混じった特別な感情を抱いていました。
しかし生徒たちは本番に強く、生き生きと演奏し、見事に研究授業を成功させてくれたのです。あの時の緊迫感と、成功を収めた時の大きな感動は、今でも鮮明に心に残っています。
生徒たちが大舞台で堂々と演奏する姿は、音楽が持つ力、そして教育の可能性を改めて私に教えてくれました。この経験は単なる授業発表にとどまらず、生徒たちの大きな自信と成長に貢献したと確信しています。
音楽が育む豊かな心:今、振り返る教育への想い
子どもたちの耳は鋭く、感覚も非常に敏感です。「良いものは良い。きれいなものはきれい」と聴き分ける確かな耳も、豊かな感受性も持っています。そんな感受性豊かな時期だからこそ、できるだけ「生の本物」を聴かせ、体験させたい。それこそが、私の教育者としての変わらぬ願いでした。
ミキさん(当時の教え子)「やりたい」という気持ちを大切にし、その方向へ導いてやれば、生徒はどんどん吸収していく力を持っています。教師はまさに、そのきっかけを作る「火付け役」なのだと、あの頃から強く感じていました。
未来へとつなぐオーケストラ結成への夢
当時の私の夢は、県内のどの中学校にもまだ実現していない「中学生オーケストラの結成」でした。翌月、奈良県で開催される全日本音楽教育研究大会の合奏演奏ステージには、多くの先生方の協力で高校と小学校のオーケストラが出演することになっていました。
9月に入って合同練習も行われ、私自身も改めてオーケストラの魅力に深く魅せられたものです。マンドリンやギターにとどまらず、バイオリン、ビオラ、チェロなど本格的な弦楽器の確立を目指して、これからも一つ一つを積み重ねてゆきたいという想いは、今も変わりません。
音楽が子どもたちの心を豊かにし、人生に彩りを与える。あの1983年の熱い経験は、私にとっても、速度生徒たちにとっても、かけがえのない一生の宝物です。
全日本音楽教育研究大会にて、橿原文化会館の大ステージで演奏を披露する生徒たち。
【教育者・加藤の視点:学校での器楽教育が子どもたちにもたらすもの】
学校の授業で新しい楽器、それも全員で合奏に取り組むとなると、楽器の準備や調弦、日々の管理など、教員側の負担ややりくりは決して簡単ではありません。当時の日本の中学校では前例も少なく、授業時間の確保も含めて手探りの連続でした。
それでも私が、この「生の本物に触れる器楽教育」に強いこだわりを持ち、力を注いできたのには確かな理由があります。
- 指先と耳をフルに使い、豊かな感受性と集中力が目に見えて伸びる環境
- 異なる楽器の音色を互いに聴き合い、ひとつの美しい響きを作り上げる喜びの体得
- 「やりたい」という自発的な気持ちを引き出し、大舞台での成功体験を通して得る大きな自信
これらは、教科書をただ眺めているだけでは決して得られない、子どもたちの心を育てる「生きた教育」そのものです。音楽は、一部の得意な子だけのものではありません。授業という誰もが参加できる場所だからこそ、初めて楽器に触れた生徒が目を輝かせ、その魅力に気づくきっかけを作ることができます。
学校という温かい環境の中でこの感動を味わった子どもたちが、大人になってからも音楽を愛し、人々の心を豊かにする存在になっていく。そんな、「音楽がすぐそばにある人生」を歩んでくれたら、これほど嬉しいことはありません。


