音楽室の戸棚の奥で、忘れられたように眠っていた一本の古いトランペット。生徒が偶然見つけたその楽器が、やがて学校中に新しいシンフォニーを響かせる奇跡の始まりになるとは、まだ誰も知りませんでした。それは、子供たちの「やってみたい」という純粋な好奇心と、一人の教師の音楽への情熱が共鳴した瞬間。生駒北中学校に、初めての「文化部」が産声を上げた物語の幕開けです。
子供たちの「やりたい」が動かした山

私がこの学校に赴任した当初、音楽系のクラブはアコーディオンや鍵盤ハーモニカなどを主体とした、いわゆるリード合奏の器楽クラブしかありませんでした。それでも芸術祭や文化祭への出演を重ねるうちに、クラブ員は60人を超える規模にまで成長していました。
転機が訪れたのは、練習後の片付けの時間でした。一人の生徒が、音楽室の戸棚でずっと以前からホコリをかぶっていた楽器ケースを見つけたのです。「先生、こんなところにトランペットがある。吹いてみてもいい?」。あけてみると、あちこち錆びてピストンも動きません。それでも生徒たちにせがまれるままに修理に出すと、一本のトランペットを何人ものメンバーが交代で「プープー」と鳴らし始めました。
ミキさん(当時の教え子)その音は、決して美しいものではありませんでした。しかし、生徒たちの目には、これまでリード楽器に触れていた時とは明らかに違う、新しい輝きが宿っていました。やがて、管楽器を担当する生徒たちから「先生、ぼくら管楽器のものは、毎日練習しないとうまくなれない。毎日練習してもいいですか」という、熱意のこもった申し入れがあったのです。
それまでのクラブは週一回の活動が原則。しかし、彼らの「うまくなりたい」という強い気持ちに、私は心を動かされました。「よし、それなら吹奏楽部をみんなでつくろうじゃないか」。その一言に、子供たちは「ホントに!?」と目を輝かせました。生駒北中学校に、創立31年目にして初めての「文化部」が誕生した瞬間でした。
理科室から音楽室へ、情熱の転身


実は、私自身もまた、音楽に魅せられて人生の舵を大きく切った一人でした。もともとは理科の教師として教壇に立っていましたが、音楽への情熱を諦めきれず、働きながら免許を取得して音楽教師へと転身したのです。
幼い頃から家庭でクラシック音楽に親しみ、中学時代はブラスバンドに憧れ、大学では合唱サークルで仲間と声を合わせる喜びに目覚めました。「音楽の楽しさを、一人でも多くの子供たちに伝えたい」。その一心で音楽の道を志した私にとって、生徒たちの「やりたい」という声は、何よりも嬉しい響きでした。



三人に一本の楽器、それでも止まらない情熱


吹奏楽部が発足したものの、楽器は圧倒的に不足していました。三人か四人でやっと一つのトランペット。「ひとり何分間やで!」と時間を区切って練習する日々。しかし、そんな不便さも、彼らの情熱を止めることはできませんでした。
部員たちは、親戚の家で眠っていた古いクラリネットを借りてきたり、私は私で、楽器店を回って半端な中古品を買い集めたり。友人に頭を下げて、使っていない楽器を「絶対に大切に使うから」と頼み込んで借りたことも一度や二度ではありません。



校庭に響き始めたシンフォニー


楽器もろくに揃わないヨチヨチ歩きのクラブでしたが、私たちは「入学式での校歌演奏」という大きな目標を掲げました。春休みは毎日練習に明け暮れ、難しい楽譜は易しく書き直して、とにかく音を合わせることに集中しました。
そして迎えた本番。全校生徒の前で恥をかくのではないかという私の心配をよそに、彼らは見事に息の合った演奏を披露したのです。吹奏楽部が誕生して、わずか一ヶ月目のことでした。その堂々とした姿に、生徒たちも手応えを感じていました。「一年生、たくさん入るかも知れへんなあ」。
その言葉通り、その年の新入部員はなんと三十人。吹奏楽部は一躍五十人の大所帯となり、校内でも最大規模のクラブへと発展しました。「心に響く音楽を子供たちと共に育てたい」。そんな願いから始まった小さなメロディーは、力強いシンフォニーとなって、校庭に、そして地域全体に響き渡るようになったのです。
【教育者・加藤の視点:願いが形になる時】
今振り返ると、あの楽器が足りなかった時代こそ、子供たちの心に「音楽をやりたい」という強い願いが育まれた大切な時間だったと感じます。教育とは、教師が一方的に何かを与えることではありません。子供たちの内なる「やりたい」という欲求と、教師の「こうあってほしい」という願いが共鳴した時に、初めて奇跡のような成長が生まれるのです。あの時の音楽室には、確かにその共鳴が満ちていました。


本連載の原典について
この連載は、1983〜1984年にかけてサンケイ新聞(奈良)に掲載された全17回の連載記事を原典としています。当時、全国の教育関係者向け情報誌『切り抜き速報 教育版』(ニホン・ミック社)にも特別記録簿として収録されました。
次回予告:第4回「(ここに第4回のタイトル)」
(3月31日公開予定)

