吹奏楽部の活動は、単に楽器を演奏するだけではありません。一年間の活動を締めくくる「文集づくり」もまた、部員たちの精神的な成長を促す大切なプロセスです。今回は、インクにまみれながらも自分たちの想いを一冊の形にしようと奮闘した、印刷室での日々を振り返ります。
印刷室での奮闘が生んだ、部員たちの一体感

ミキさん(当時の教え子)吹奏楽部の一年は、文集づくりで終わります。部員がそれぞれ1ページずつ、一年間の思い出や感想、そして仲間に伝えたい言葉を綴ります。原稿用紙に向き合う時間は、自分自身の活動を客観的に見つめ直す、貴重な内省のひとときでもあります。
しかし、原稿が集まれば終わりではありません。本当の「大仕事」はそこから始まります。リーダー役の2年生一人を除き、残りの委員はすべて1年生。もうすぐ先輩になる彼らに、責任感と協力の大切さを学んでもらうための、あえての試練でもありました。
締め切りを守らない部員がいれば、黒板に名前を書き出して抗議する。そんな真剣なぶつかり合いも、文集を「いい加減な気持ちで作りたくない」という強い責任感の表れでした。印刷室での奮闘は、彼らをたくましい「次代のリーダー」へと成長させていったのです。
楽器と同じ、印刷機の「癖」を知るということ





当時の印刷は、今のようなデジタル複合機ではありません。電子製版機で原紙を作り、それを輪転機にかけて一枚一枚刷り上げる、アナログな作業でした。この印刷機というやつが、実にデリケートで「癖」があるのです。
インクの出し方、紙の置き方、ドラムの回転速度。ちょっとした加減で、文字がかすれたり、逆に真っ黒に潰れたりしてしまいます。「何度も失敗して、半分くらい紙を無駄にした」と編集後記に書いた生徒もいましたが、その失敗こそが最高の教師でした。
私は、印刷機も楽器と同じだと考えています。楽器もただ指を押さえれば正しい音が出るわけではありません。その楽器特有の癖を理解し、細部まで調整の仕方を覚え込んで初めて、思い通りの音楽が奏でられるのです。試行錯誤の末に鮮やかなページが刷り上がったとき、生徒たちの顔には、難曲を吹き切ったときのような達成感が溢れていました。
13年間の封印を解いた、汗と涙の結晶という宝物





印刷が終わると、音楽室に50人以上の部員が集まり、一列になってページを重ねていきます。賑やかな笑い声の中にも、一冊の形になっていく喜びが教室中に満ちていました。そうして完成した文集は、卒業する3年生への贈り物となり、お世話になった方々への感謝の印となりました。
ある部員は文集にこう綴りました。「この仕事を通じて、友達とのつながりが一層強まりました。文集委員以外の人も手伝ってくれた。この文集は、みんなの汗と涙の結晶なのです」と。
吹奏楽と文集づくり。一見、無関係に見えるこの二つは、実は「精神の開発」という一点で深くつながっています。音楽を通じて磨かれた感性が、文集という言葉の活動によって、よりくっきりと、より深く部員たちの内側に刻まれていくのです。
【教育者・加藤の視点:表現の手段としての文集】
私が文集づくりを大切にしてきたのは、音楽活動の本質が「精神の開発」にあると考えているからです。音を出す技術を磨くことはもちろん重要ですが、それ以上に、自分が何を感じ、何を伝えたいのかという「内面」を育てることこそが教育の目的です。


言葉で表現できない想いを音に託すのが音楽ですが、逆に、音に込めた情熱を言葉として定着させるのが文集です。この往復運動によって、生徒たちの成長はより確かなものになります。印刷室でインクにまみれた経験も、文集に綴った葛藤も、すべては豊かな人間性を形成するための大切な「音色」の一つなのです。


本連載の原典について
この連載は、1983〜1984年にサンケイ新聞(奈良版)に掲載された記事を元に、現代の読者へ向けて再構成したものです。
出典:『切り抜き速報 教育版』(ニホン・ミック)特別記録簿より
次回予告:第6回「夏の合宿。仲間との絆が演奏を変えた3日間」
(4月14日公開予定)

