毎年夏に開催される「県吹奏楽コンクール」。それは、多くの吹奏楽部員にとって一年間の集大成となる特別な舞台です。しかし、当時のコンクールには「出場者数は一校あたり50人まで」という厳格な規定がありました。
1年生の入部から楽器の基礎を学び、仲間と共に音楽を作り上げてきた日々。そのすべてを懸けた舞台で、厳しい練習に耐えてきた部員を客席に座らせたくない。そんな指導者の強い思いから、私たちは前代未聞の「全員出場」という過酷な挑戦へと踏み出しました。
全員出場への挑戦と、楽器共用の壁

幸いなことに、その年は1年生が30人以上も入部し、全部員数は70人を超えていました。そこで私たちは、2・3年生を中心とした定員50人の「A組」と、1年生25人による「C組(中編成)」の2部門に同時出場するという作戦を立てました。
しかし、吹奏楽担当の教師は私一人です。A組に出場する上級生は、自分の練習と並行して別の部屋で1年生の指導にあたらなければなりません。さらに深刻だったのは楽器の不足です。個人持ちの楽器をかき集めても、ほとんどの楽器はA組とC組で「共用」して練習するしかありませんでした。
指導者の労力も、生徒たちの負担も、通常の2倍、3倍にもなるこの過酷な挑戦。当時、このような無謀とも言える試みに挑んだのは、県下でも私たちの学校を含めてわずか2校だけでした。
ミキさん(当時の教え子)涙ボロボロのファンファーレ

この過酷な状況下で、1年生部員の「あゆみ」は日記にこう綴っています。
「私はC組に出ることになった。先輩がA組に出るので、ふだんは先輩が担当しているむずかしいパートを受けもつことになってしまった。課題曲のサンライズマーチには、私になんかできるはずのないようなトランペットのファンファーレがある。コンクールが近づいて曲のテストがあったとき、もちろん私はボロボロ。テストの終わったあと、泣いてしまった」
先輩の代わりというプレッシャー、そして思うように吹けない自分への不甲斐なさ。彼女の涙は、全員出場という目標の裏にある、一人ひとりの生徒の必死の葛藤を物語っていました。
思いがけぬ1位と、数字に表れない成長

あゆみの日記は、さらにこう続きます。
「それからしばらくして、音はめちゃくちゃにきたなかったが、なんとかファンファーレが吹けるようになった。が、コンクールの前日、またできなくなってしまった。当日はあせった。初舞台だったうえ、前の学校のファンファーレがとてもうまかったので…。成績発表では三位にも、二位にもはいっていなかった。あのファンファーレでは、とても無理だと思っていた。ところが、思いがけず一位。また泣いた。今度はとてもうれしかった。信じられなかった」
コンクールは順位だけが目標ではありません。しかし、勝負である以上、生徒たちは非常に真剣になります。中には「なにがなんでも県代表に」と、当日の発表曲を秘密にするような学校も出てくるほどです。
しかし、私の考えでは、順位はあくまで表面的なものに過ぎません。一年間、基本的な管楽器練習に始まり、文化祭や体育祭、パレード、他校との交歓など、多様な活動の中で音楽に触れること。オーケストラの生演奏に感動し、自らレコードを聴いて「カラヤンの演奏がいい」と主張するようになること。そうした日々の積み重ねこそが、生徒たちを音楽的にも人間的にも成長させていくのです。
サトルくん(当時の教え子)さわやかな残暑と、たくましき教え子たち

コンクールが終わると、3年生たちは息つく間もなく受験勉強へと向かいます。あのコンクールまでの熱心さで、今は夏期講習で頑張っているのだろうか。私はひとりひとりの顔を思い浮かべながら、心の中で声援を送っていました。
そんな折、引退した3年生部員から一通の「残暑見舞い」が届きました。
「先生、三年間ありがとうございました。私はソロのところでまちがえてしまいました。でも、あれだけ練習したのだから、悔いはありません。まだ部の方へはちょくちょく顔を出したいと思います。先生も中学生に負けない気力とファイトで、これからもがんばって下さい。高校へ行っても吹奏楽を続けます」
本当に悔いを吹き飛ばしてくれるような、さわやかな文字が並んでいました。コンクールという過酷な舞台を乗り越え、結果に囚われることなく前を向く生徒たちのたくましさ。その姿から、私自身もまた多くのことを教えられた夏でした。
【教育者・加藤の視点:コンクール主義の先にあるもの】
コンクールのステージで演奏できるのは、課題曲と自由曲を合わせてわずか12分間です。しかし、その短い時間の中には、生徒たちが一年間かけて追求してきた「自分たちの音楽」と、仲間と共に乗り越えてきた葛藤のすべてが詰まっています。順位という数字は表面的な結果に過ぎません。大切なのは、そこに至るまでのプロセスであり、音楽を通じて培われた人間としての「バックボーン」なのです。コンクール至上主義に陥ることなく、音楽の真の喜びを伝え続けること。それが、私たち教育者に課せられた使命だと信じています。
次回予告:
コンクールという大きな目標を終えた後、部員たちを襲った「燃え尽き症候群」。次なる目標を見失った空白の時間を、彼らはどう乗り越えていくのか。
次回「優勝の後に訪れた空白。次の目標を探す日々【吹奏楽にかける日々・第1部⑪】」へ続きます。


