58歳で教職を一段落させた時、私は自ら起業するなどとは夢にも考えていませんでした。
私は初任の頃こそ理科を教えていましたが、その後30年近くは音楽専科として、吹奏楽の指導や学校運営に心血を注いできました。退職後は、趣味の楽器演奏などを楽しみながら、妻と共に平穏な隠居生活を送る予定だったのです。
退職金も入り、これからの人生をどう過ごそうかと思案していた矢先、私の運命を大きく変える出会いが待っていました。それは、理科教師としての「科学的探究心」と、音楽指導で培った「人々に感動を届ける感性」の両方に火をつける、ある成分との出会いでした。
トレみ森下教授との出会いと、高配合(5倍)のひらめき


当時、知り合いだった大学の研究家である森下教授が開発された「GABA(ギャバ)」のエビデンス(科学的根拠)を目にする機会がありました。
その資料を見た瞬間、私の理科教師としての直感が「これだ!」と強く反応しました。GABAが持つ可能性、そしてその科学的な裏付けに、私はすっかり魅了されてしまったのです。


教授の研究所で開発されていた商品「カームギャバ」は、1粒に6mgのGABAを含んでいました。しかし、私は技術屋の視点から、あるひらめきを得ました。


この確信は揺るぎないものでした。私は知り合いの縁もあり、この素晴らしい原料を仕入れさせてもらえることになりました。そして、平穏な隠居生活のために取っておいた退職金を投じ、自らの手で製品化することを決意したのです。
当時、GABAという成分はまだ世の中にほとんど知られていませんでした。しかし、私の読みは間違っていませんでした。


2000年代に入ると、国からも「食品の成分」として正式に認められるようになりました。さらに、江崎グリコから「メンタルバランスチョコレートGABA」が発売され大ヒットするなど、市場のタイミングもこれ以上ないほど完璧だったのです。
夫婦で生んだブランド「ギャバ太郎」。命名秘話とタイミング


製品化に向けて動き出した私を、一番近くで支えてくれたのは妻でした。新しい製品のブランド名をどうするか悩んでいた時、妻が素晴らしいアイデアを出してくれました。
GABAがお米由来の成分であることから、お米のイメージを膨らませて「ギャバ太郎」というキャラクターを考えてくれたのです。





この愛嬌のあるキャラクターは、今でも当社のメインキャラクターとして活躍しています。私たちはこのキャラクターを前面に押し出し、ウェブショップの名前も「ギャバ太郎shop」と名付けました。
中には、お客様から「キャバクラ」の「キャバ」と間違えられてしまうという、思わず笑ってしまうようなエピソードもありました。しかし、そうした勘違いも次第に笑い話へと変わり、多くの方に親しまれるブランドへと成長していったのです。
自立の重要性と、次回予告


教職を退き、静かな余生を送るはずだった私が、GABAという成分に魅了され、退職金を投じて起業の道を選んだこと。そして、妻と共に「ギャバ太郎」というブランドを育て上げてきたこと。この「自力本願」の出発点こそが、今の私を作っています。
自分の直感を信じ、自らの足で一歩を踏み出すことの重要性を、私はこの経験から深く学びました。



しかし、起業の道は決して平坦なものではありませんでした。次回は、ホームページ制作における苦労や、直面した倒産の危機など、さらに波乱万丈なエピソードをお届けしたいと思います。どうぞお楽しみに。

