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気づいた時には、もういない。家族葬の現場で想う「母と父の記憶」【航海記 第8回】

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家族葬の現場で想う母と父の記憶 82歳の羅針盤 2026
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「親孝行したい時には親はなし」。若いころは、どこか昔のことわざのように聞いていました。

けれど82歳になった今、この言葉は胸の奥に深く沈んでいます。母を早くに失い、父との別れにも後悔を残した私には、ただの言葉ではありません。

気づいた時には、もういない。言いたかったことも、聞きたかったことも、手の中の砂のようにこぼれていく。

だからこそ私は、いま葬儀のサポートに関わっています。誰かの大切な別れが、少しでも納得のいくものになるように。残された家族が、後悔だけを抱えて歩き出さなくてよいように。

加藤(船長)
今回は、私自身の母と父の記憶を書いてみます。少し重い話になりますが、誰かの「今できる親孝行」につながればと願っています。

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目次

「親孝行したい時には親はなし」という言葉

親孝行したい時には親はなしという言葉の重み 2026
親がそこにいる時間は、思っているほど長くはない

この言葉を本当に理解するまで、長い時間がかかりました。

親は、いつまでもそこにいるように思ってしまいます。帰れば会える。電話をすれば声が聞ける。少し遅れても、いつか埋め合わせができる。そんなふうに思ってしまうのです。

しかし、別れは人の都合を待ってくれません。

「もう少し話しておけばよかった」。

「あの日、違う判断をしていればよかった」。

そうした言葉は、胸の中で何度も繰り返されます。けれど、時間だけは戻りません。

私が葬儀の場でご家
族と向き合う時、この言葉がいつも静かに心に浮かびます。見送る側の悲しみは、故人への愛情そのものです。その愛情が、少しでも温かな形で届くように支えたいのです。

夕飯を炊いて待った少年時代。母が残してくれたもの

保険外交員として家族を支えた母と少年時代の夕飯の記憶 2026
夕飯を炊いて母の帰りを待った少年時代の記憶

私の母は、保険外交員として働き、家族を支えてくれました。

当時の母の背中を思い出すと、まず浮かぶのは忙しさです。外を歩き、人に会い、家族の暮らしを守るために働く。今のように便利な時代ではありません。女性が外で働き続けることにも、さまざまな重みがあったはずです。

それでも母は、家を守ってくれました。私たちが帰る場所を、懸命に残してくれました。

少年時代の私は、夕飯を炊いて母の帰りを待ったことがあります。米を研ぎ、火加減を見ながら、母が帰ってくる時間を思う。台所の湯気や、夕方の薄暗さまで、今も不思議と覚えています。

母は50代で逝きました。いまの私から見れば、あまりにも早い旅立ちです。

もっと話したかった。もっと感謝を伝えたかった。母がどれほどの苦労を抱えていたのか、当時の私は十分には分かっていませんでした。

けれど母は、言葉以上のものを残してくれました。それは家であり、暮らしであり、家族を守るという姿勢でした。

サトルくん(当時の教え子)
船長、夕飯を炊いて待つ少年の姿を想像すると、胸がきゅっとなります。お母さまの帰りを待つ時間そのものが、家族の記憶だったのですね。

サトルくん、その通りです。貧しさや忙しさの中にも、家族の時間はありました。大げさな言葉はなくても、台所の湯気や帰りを待つ気持ちの中に、確かに愛情がありました。

父を車で病院へ運んだ日。救急車を呼ばなかった後悔

父を車で病院へ運んだ日の後悔 2026
救急車を呼ばなかったあの日の判断が、今も胸に残っている

父との別れには、今も消えない後悔があります。

定年間際の私は、とにかく忙しい毎日を送っていました。仕事に追われ、時間に追われ、心にも余裕がありませんでした。

ある日、父の具合が悪くなりました。

私は救急車を呼ばず、自分の車で病院へ運びました。その判断が、その時の私には最善に見えたのかもしれません。けれど、今振り返ると胸が痛みます。

なぜ救急車を呼ばなかったのか。

もっと早く専門の手に委ねるべきではなかったのか。

この問いは、長い年月が過ぎても消えません。

突然訪れる別れは、無慈悲です。こちらの準備など、ほとんど関係なくやって来ます。言い訳も、反省も、別れの瞬間には間に合いません。

父を思うたび、私は自分の判断の重さを考えます。もちろん、過去を変えることはできません。それでも、あの日の後悔は、今の私を形づくっています。

一等航海士さん
大切な人の急変時は、迷ったら救急相談や救急要請につなぐことも選択肢です。自分だけで抱え込まないことが、家族を守る一歩になる場合があります。

命の場面では、家族だけで判断しきれないことがあります。だからこそ、日ごろから「もしもの時はどうするか」を話しておくことが大切なのだと思います。

だから私は、葬儀のサポートをしている

葬儀サポートで迷える家族を支える光 2026
葬儀のサポートは、迷える家族が納得できる別れを選ぶための伴走

母との別れ。父との別れ。そこに残った感謝と後悔。

その二つが、今の私の葬儀サポートにつながっています。

葬儀は、単なる手続きではありません。会場を決める。費用を考える。宗教者との関係を整える。親族に連絡する。短い時間の中で、家族は多くの判断を迫られます。

悲しみの中で決めなければならないことが多すぎるのです。

だから、そばに一人、落ち着いて伴走する者がいるだけで、家族の負担は少し軽くなります。何を急ぐべきか。何は後でもよいのか。故人らしさをどこに残すのか。

私は、その迷いの中に立つご家族が、「これでよかった」と思える見送りを選べるように支えたいのです。

立派な葬儀でなくてもよいのです。高価な祭壇でなくてもよいのです。大切なのは、残された人の心が、故人に向かって静かに手を合わせられることです。

灯台守
船長の後悔という傷跡が、今は誰かを照らす光になっているのじゃ。傷は消えずとも、進む船の灯りにはなれる。

灯台守のその言葉に、私は深くうなずきます。

後悔は、消えません。けれど、後悔に飲み込まれるだけでは、旅は止まってしまいます。あの日の痛みを、誰かの支えに変えることができるなら、父や母も静かに見守ってくれるのではないか。そう思うのです。

後悔しない見送りのために、今できること

後悔しない見送りのために家族で準備すること 2026
別れの準備は、残される家族への思いやりでもある

読者の皆さまに、強くお伝えしたいことがあります。

別れの準備は、縁起でもない話ではありません。家族を思いやる話です。

葬儀の希望を聞いておく。延命治療について考えを共有しておく。連絡してほしい人を確認しておく。写真や思い出の品を、どこに置いているか知っておく。

そうした小さな確認が、いざという時に家族を救います。

そして何より大切なのは、今日のうちに言葉を届けることです。

ありがとう。

助かったよ。

体に気をつけてね。

たった一言でも、言葉は人の心に残ります。別れの後に残るのは、豪華な品物よりも、日々の言葉であることが多いのです。

ミキさん(当時の教え子)
先生、「準備」という言葉が少し怖く感じていました。でも、家族を困らせないための優しさだと思うと、受け止め方が変わります。

ミキさん、その感覚を大切にしてください。死を考えることは、生きている家族の心を守ることでもあります。

次回へ。終活ではなく、今を充たす「充活」へ

終活ではなく今を充たす充活へ 2026
次回は終活から、今を充たす充活へと航海を進める

今回は、母と父の記憶をたどりながら、私がなぜ葬儀のサポートに関わるのかを書きました。

若くして逝った母。救急車を呼ばなかった父の日の後悔。どちらも、私にとっては消えない航海の記憶です。

けれど、その記憶は暗いだけのものではありません。今をどう生きるか。家族とどう向き合うか。誰かの別れにどう寄り添うか。その羅針盤にもなっています。

次回は、「終活」ではなく、今を充たす「充活」について考えてみたいと思います。

終わりの準備だけではなく、今日を少し豊かにすること。会いたい人に会うこと。好きな場所へ行くこと。学び直すこと。まだ胸の中に残っている火を、もう一度そっと灯すこと。

加藤(船長)
別れを見つめることは、今日の命を粗末にしないための羅針盤です。次回は、その羅針盤を「今を充たす力」へ向けてみたいと思います。

この文章が、読者の皆さまの中にある大切な人の顔を、静かに思い出すきっかけになれば幸いです。

編集後記

本稿は、個人の体験に基づくエッセイです。医療判断や救急要請については、地域の救急相談窓口や医療機関など、専門機関の案内を確認してください。家族のもしもの時ほど、一人で抱え込まないことが大切です。

タグ

82歳の羅針盤, 航海記, 家族葬, 葬儀サポート, 親孝行, 母の記憶, 父の記憶, 後悔しない見送り, 終活, 充活, 命のバトン

編集後記
本日は最後までお読みいただき、ありがとうございました。
元校長として、また一人の実業家として、日々の気づきや心に留まった出来事をこの「82歳の羅針盤」に綴っています。
私のささやかな発信が、皆様の人生という航海において、少しでもお役に立てれば幸いです。 「この記事が参考になった!」という方は、ぜひ下記のブログ村ボタンをポチッと押して応援いただけると励みになります!
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アコーディオンと共に

筆者:加藤 凌について
36年の教員生活を経て、58歳から起業。現在は「蒼き航海・・82歳の羅針盤」編集長として、人生の知恵とトレンドを融合させた情報を発信中。
私のモットー: 「生涯現役、好奇心は羅針盤」
最近の関心事: AI活用とアコーディオン演奏
➡ 82歳の挑戦。プロフィールと「蒼き航海」への想いはこちら

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【82歳、現役。電波で世界と繋がっています】
流行の話題を追う傍ら、私の本当の情熱は「アマチュア無線」にあります。昭和から令和まで、目に見えない電波で語り合ってきた記録もぜひ。
CQ~JA3CGZ アマチュア無線ブログ
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