新幹線で偶然出会った一枚の楽譜が、今の私をチェロへと導いてくれたように、人生の「点」と「点」は、いつも思わぬところで繋がり、新しい道を示してくれます。
今週、私は長年手をつけられずにいた、ある「聖域」に足を踏み入れました。それは、13年前の引っ越し以来、クローゼットの奥で静かに眠り続けていた30箱もの段ボールです。
灯台守13年目の再会:ガムテープを剥がした瞬間の震え


これまで私の毎日は、朝から晩までパソコンに向かうデジタルな時間で占められていました。しかし、このブログを『蒼き航海〜82歳の羅針盤』として新しく描き直そうと決めた時、どうしても避けては通れない場所があったのです。
意を決してクローゼットの奥から段ボールを引きずり出し、13年ぶりにガムテープへと手をかける。学校の備品整理で使い古した「明治図書」の箱のロゴが目に飛び込み、一瞬で教壇に立っていた頃の記憶がフラッシュバックしました。指先に感じるザラリとした感触。「ベリベリッ」という乾いた音とともに、古紙と埃の混じった、懐かしい匂いがふわりと立ち上りました。
そこから溢れ出してきたのは、単なる古い資料ではありません。かつての情熱、汗、そして涙の記憶そのものでした。
開ける前は少しばかり緊張しましたが、中から出てくる一枚一枚を手に取ると、不思議と心が躍り、ワクワクとした高揚感が湧き上がってきました。そこには、不器用ながらも一生懸命に、泥臭く、そしてどこまでも前向きに生きてきた「かつての私」がいたからです。



バラバラの「点」が、一つの「航海図」に繋がる時


新しく設置した本棚に、時代ごと、カテゴリーごとに資料を仕分け、並べていく。この作業は、想像以上に心躍る時間でした。
かつて指揮台で共に汗を流した仲間との演奏会の記録、教え子たちから届いた拙い文字の手紙、忘れないようにと必死に書き溜めた楽譜のメモ……。それらを一枚一枚紐解く作業は、まさに「走馬灯」を自らの手で再生しているようでした。
「ああ、あの時は本当によく頑張ったな」
「いや、もう少し周りの人たちのことを考えられたら、もっと良い演奏ができたかもしれない」
若さゆえの未熟さや余裕のなさを反省しながらも、今の82歳の私は、そんな当時の自分を「よくやった」と温かく抱きしめてやりたい気持ちになりました。
次回の予告:見つかった一通の原稿
そして、整理の手を止めた瞬間、一つの「再会」がありました。校長時代に依頼を受けて執筆した、地域誌『月刊奈良』の寄稿原稿です。57歳の私が何を考え、どんな音を追い求めていたのか。その発見は、私にさらなる驚きを与えてくれました。この続きは、次回の記事で詳しくお話ししたいと思います。



デジタルとアナログの心地よいリズム


パソコンの画面を見つめる「デジタル」な時間と、古い紙の感触やインクの匂いを感じる「アナログ」な時間。この二つの間を行き来することが、これほど心地よいものだとは思いませんでした。
少し目が疲れ気味だった私にとって、段ボールを運び、資料を整理する「肉体労働」は、最高の気分転換です。椅子に座りっぱなしだった頃よりも、今のほうがずっと健康的で、心の内側から元気がみなぎってくるのを感じます。
過去は未来の燃料だ。さあ、次の寄港地へ


過去を振り返ることは、決して単なる「懐古趣味」ではありません。それは、これからをより良く生きるための「エネルギー」を、自分自身の歴史からチャージする、神聖な作業なのだと確信しました。
私の今の夢は、この整理した資料やアルバムを肴に、当時を共に歩んだ仲間や、すっかり立派な大人になった教え子たちと一緒に、語り合うことです。昼休み、図書室の片隅で子供たちに本を読み聞かせたあの静かな時間や、体育館に響いた和太鼓の音。そんな記憶の断片を語り合える日が来たら、これほど幸せなことはありません。
その日が、私の人生という航海の、次なる素晴らしい「寄港地」となるでしょう。




