春の光が差し込むと、ふと思い出す光景があります。先日、部屋の片付けをしていたら、私の人生の「宝物」が次々と姿を現しました。
色あせた写真や、自作のスライド、そして手書きの自分史原稿。それらを眺めていると、当時の空気や、人々の歌声、そして私の胸の鼓動までが鮮やかに蘇ってきます。
世代を超えたハーモニーの記憶
なかでも、ひときわ私の心を捉える一枚があります。

第5回スプリングコンサート(1986年3月23日/生駒市中央公民館大ホールにて)
💡 灯台守:
船長、この指揮をする背中、実に堂々としておられますな。この時、どんなことを考えておられたのですか?
⚓ 加藤(船長):
いや、当時は必死だったよ。でもね、上手くタクトを振ることよりも、中学生たちと市民の皆さんの心が、音を通じて一つになることだけを願っていたんだ。
一人では奏でられない大きな響きの中に身を置く……あの瞬間こそが、私の人生の喜びだったんだね。
蛇腹が紡いだ、歌声の輪
私の音楽人生は、ステージの上だけではありませんでした。むしろ、楽器を抱えて人々の輪の中に飛び込んでいくことこそが、私の原点だったのかもしれません。
アコーディオンの想い出【スライドショー】
言葉だけでは伝えきれない想い出を、当時の写真とナレーションでまとめました。
どこか懐かしいアコーディオンのBGMと共に、ぜひご覧ください。(約60秒)
▶ 再生ボタン(▶)をクリックするとスタートします。
いかがでしたでしょうか。あの頃の歌声と笑顔が、今もありありと目に浮かびます。
蛇腹が結んだ、人と人との縁
大学の昼休みに「今日、歌う会があるよ!」と校門でビラをまき、集まってくれた仲間たちと世界中の民謡を歌ったこと。
仲間の結婚式で、皆が歌いやすいようにと必死にアコーディオンの蛇腹を動かしたこと。

職場のうたごえ

仲間の結婚式

学内昼休みの歌う会
⚓ 加藤(船長):
アコーディオンの蛇腹を動かすとき、いつも心にあったのは「みんなと一緒に歌いたい」という純粋な気持ち。上手さよりも、その場の空気が温かくなるような「合いの手」を入れられるよう、必死に勉強していた時期もあったんだよ。
それらはすべて、私にとって「教育」であり「音楽」であり、何より「人との繋がり」そのものでした。
未来へ続く心の旋律
今、82歳になって思うのです。あの頃、不器用ながらも一生懸命にタクトを振り、蛇腹を動かしていた私。
もっと客観的に自分が見えていたら、もっと多くの人の役に立てたかもしれないという反省もあります。
けれど、あの時感じた「人と心が重なる温かさ」は、今こうしてブログを書いている私の指先にも、確かに残っています。
このブログという新しい「港」でも、私は皆さんと一緒に、温かい心のハーモニーを奏でていきたいと願っています。
私がこのブログを「人生のアーカイブ」として始めた理由については、こちらのマニフェスト記事もぜひご覧ください。

